top of page
  • 執筆者の写真バイタイム_西村 昭二

つまらなくなった総合広告代理店業務

更新日:2023年3月23日

著者が総合広告代理店に入社した2004年当時、365日24時間を通して「ブレスト」なるものが行われていた。その領域は様々で、いわゆるクリエイティブやプロモーションは当然のこと、メディアプランや店頭ツールなどのSPにおいても、常に社内外のスタッフや先輩たち、そしてクライアントとブレストを行いながら仕事をしていた。ブレストの原則は、相手の意見を否定しないこと、などとも言うが、若輩者であった私の意見も決して否定されず、毎日が楽しかったと記憶している。時を経て気づくと、データやA/Bテストの「過去の数字」によってアイデアを出す幅が狭められ、ブレストの時間は無くなり、仕事がつまらなくなっていた。しかしながら、それはアイデアを出す領域が変わっただけであって、今もブレストの必要性は高いと私は考えている。本稿ではその点について説明していく。


目次:データによってアイデアの自由度が狭まり、つまらなくなった総合広告代理店の業務


アイデア産業の代表格、総合広告代理店

かつての日本では、クリエイターといえば広告クリエイターが上位に想起されたであろう。一部の人間の限られた技能のようにアイデアというものがとらえられていたと思う。実際に、普通では思いつかないような「面白い」アイデアも数多広告制作物の中にあふれていた。そして、総合広告代理店の中でも、CM企画やグラフィック企画を考えるクリエイティブは、花形部署の一つであった。総合広告代理店への入社を望む学生のうち、クリエイティブへの配属希望割合は非常に高かったように思う。かくいう私も、大学2年生の頃、宣伝会議というコピーライター養成講座に通っていた。私はそこでコピーライターよりもコミュニケーション戦略全体設計の重要性を感じたため、それ以降は営業希望になっていくのだが、、、



全国民「クリエイター」化へ

2010年代を迎えると、SNSを中心に動画を自由に誰でもアップできる時代となり、SNSにアップすることを目的とした動画クリエイター達が増え始める。さらに、職業とも言わず、今や動画編集アプリを使って小学生や中学生が日常のコミュニケーションのために動画を量産する時代にもなっている。一部の限られた特殊技能であったクリエイティブ開発は、一見誰でも手にすることができるモノになってしまっているのは、事実である。


減ってしまったブレストの機会

データオリエンテッドというべきかデータドリブンというべきか、プロモーション施策においてもデータをベースに戦略策定が行われている。その場合、いわゆる表現部分にも制約が非常に多く、クリエイターやプランナーからすると与件だらけだとなりがちである。しかし、これは仕方のないことで、今まで不文律であったクリエイティブ領域も、デジタルに端を発したA/Bテストの一般化によって、「勝ちクリエイティブ」たるものが定義されてしまう。問題なのは、総合広告代理店にとっての唯一といっても過言ではなかったブレストという自由時間が日に日に減ってしまっていることにある。クリエイターの一般化、デジタル浸透の2つの敵が、広告クリエイター達に襲い掛かっているのである。



勝ちクリエイティブから、価値あるクリエイティブに

確かにA/Bテストを行い、その反応値によって予測を立て、市場にクリエイティブを放つことは大切なことだ。そしてそのための事前テストが重要なことは言うまでもない。しかし、ここにダイナミズムは生じない。予測値の中だけでの、想定の範囲内のリターンしか得られないのである。予測の範囲内であることの方が大事といわれてしまえばそれまでだが、昔の楽しかったブレストを思い出すと、クリエイティブ作業に対して寂しさを覚えてしまう。今、クリエイティブな作業は総合広告代理店の中に存在するのであろうか。勝ちクリエイティブにばかり奔走して、価値あるクリエイティブが見失われつつある。


市場定義変更と他業種ビジネスがアイデアのもと

制作業務におけるクリエイティブの発揮が難しいことは前出の通りである。そういった状況下において、私がもっとも右脳を働かせ、クリエイティブだと信じて楽しんでいたものは、クライアントの商材/サービスの市場定義を変えることや、他業種のビジネスモデルを担当ブランドに注入することであった。こちらからの一方的な提案だけだとどうしても唐突感が出てしまうため、ワークショップを開いてクライアントと共にこのあたりの作業をすることが多かったが、総合広告代理店社内においても、市場定義変更や他業種のエッセンスやビジネスモデルを注入するブレストを頻繁に行っていた気がする。幸いなことに、現状のカテゴリー市場の上位市場を定義することや、隣接市場を定義する際、データがそろっておらず、それこそ制約なくアイデアを持ち寄ることができる。数字面の論証はしづらいものの、論証をしたい場合は、事後的に調査を回せばよいため、まずは自由に上位市場や隣接市場を定義すること、そして参考になるビジネスモデルを注入してみることに時間を費やした。近年ではこの作業が最もクリエイティブであったと考えている。このあたりのブレストの際の考え方やポイントは「広告アイデア出しのための「ブレスト」にもっとも必要なこと」で説明している。


元来のCM企画等のブレスト機会は減り、数字に縛られた総合広告代理店の業務の多くは楽しいものではなくなりつつある。それは、戦術レイヤーはデータで制約だらけになってしまっているため、致し方ないことと認識せざるを得ない。しかしながら、今もまだ総合広告代理店においては、ブランド戦略における市場定義、他業種エッセンス注入というクリエイティブな作業は残っている。右脳の使いどころが、元来は左脳で処理していた市場定義だという点に違和感がある方が多いかもしれない。しかし、18年勤めた総合広告代理店を辞め、「広告トータルプランニング会社」である当社を設立した著者としては、数値化しづらい新市場定義や他市場エッセンス注入こそが、クリエイティブな作業に間違いないと考えている。

bottom of page